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東京地方裁判所 平成5年(特わ)1854号 判決 1994年10月03日

主文

被告人Aを懲役二年六月に、被告人Bを懲役二年に処する。

この裁判の確定した日から、被告人Aに対し四年間、被告人Bに対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、有価証券の保有、運用等を目的とする株式会社帝新不動の代表取締役、被告人Bは、金銭貸付業務等を目的とする住友不動産ファイナンス株式会社の代表取締役であるが、被告人両名は、ほか数名と共謀の上、東京都中央区日本橋兜町二番一号所在の東京証券取引所の開設する有価証券市場に上場されている有価証券である日本ユニシス株式会社の株式につき、その株価の高値形成を図り、右有価証券市場における右株式の売買取引を誘引する目的で、別表<略>記載のとおり、平成二年一一月二日から平成三年五月二四日までの間、一三三取引日にわたり、右有価証券市場において、株式会社帝新不動ほか一四名義を用いて、東京証券株式会社ほか二七社の証券会社を介し、成行及び高指値注文の連続発注による買上がり買付け等の方法により、右株式合計一八七六万八〇〇〇株を買い付ける一方、同合計七九九万六〇〇〇株を売り付ける一連の売買取引を行い、右株式の株価を右始期における二二三〇円前後から最高三七〇〇円まで高騰させるなどし、もって、共同して、右株式の売買取引が繁盛であると誤解させ、かつ右株式の相場を変動させるべき一連の売買取引をするとともに、他人をして右株式の売買取引が繁盛に行われていると誤解させる等右株式の売買取引の状況に関し他人に誤解を生じさせる目的で、別表<略>記載のとおり、右期間のうち一二一取引日にわたり、同所において、右株式売買取引のうち合計四二六万七〇〇〇株については、自己のする売付けと同時に別途自己において買付けをし、もって、右株式につき権利の移転を目的としない仮装の売買取引を反復継続したものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

被告人Bの弁護人は、被告人Bは、住友不動産ファイナンス株式会社(以下「住友不動産ファイナンス」という。)の代表取締役として資金を融資し、被告人Aの犯行を容易にしたにすぎず、その幇助犯にとどまる、なお被告人Aが権利の移転を目的としない仮装の売買取引(以下「仮装売買」という。)まで行うとの認識はなかった旨主張するので、以下、当裁判所が被告人Bにおいて被告人Aらと共謀の上判示の犯行に及んだ事実を認定した理由について補足して説明する。

第一  証拠上認定し得る事実

関係各証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

一  被告人Bと被告人Aの関係等

1 被告人Bは、昭和六一年五月に金銭貸付業務等を営む住友不動産ファイナンスの代表取締役に就任し、以後同社の融資関係等の業務全般を統括していた。

2 被告人Aは、株式会社帝新不動(以下「帝新不動」という。)の代表取締役であるが、昭和五二年ころから投資顧問業等を営み、昭和六一年から昭和六三年にかけては札幌証券取引所上場の北海道振興株、東京証券取引所第一部上場の東京製綱株の各仕手戦を展開し、いずれも株価を人為的に操作して当初の七、八倍にまで高騰させることに成功した。

3 被告人Bは、昭和六一年夏ころ経営コンサルタント業を営むCから被告人Aが株のプロであり、また、被告人A自身からも投資顧問として依頼者から資金を託され株の売買をしていると紹介された上、当時被告人Aが仕手戦を手掛けていた北海道振興株を担保に融資することを求められた。そして、被告人Bは、昭和六二年秋ころまでに北海道振興株の仕手戦に関する雑誌記事を読み、また、被告人Aがその仕手戦で成功したこと等をCから聞くに及び、被告人Aが仕手筋であると認識するに至った。

4 被告人Bは、昭和六二年一〇月ころ、被告人Aが東京製綱株の仕手戦を行っているとの情報を得、北海道振興株の株価を数倍に上げたという実績にかんがみ株価の上昇が期待し得ると考え、個人的に東京製綱株を買い集め、その株価がそのころから昭和六三年六月までに七倍位に高騰するのを目の当たりにした。

なお、被告人Bは、昭和六三年三月ころ、住友不動産ファイナンスにおける証券担保融資業務の拡大を図っていたことから、Cの仲介により、東京製綱株の仕手戦の資金を求めていた被告人Aと会食等の機会を重ね、その際、被告人Aから、北海道振興株の仕手戦の成果や東京製綱株の仕手戦の今後の見通し等とともに、仕手相場の手掛け方について「売りと買いをうまく交えて提灯買いを誘って株価を上げたり下げたりすることが大事だ。」などと説明を受けていた。

被告人Bは、以上のような経緯から、東京製綱株の急騰は被告人Aが提灯買いを誘い込むなどの手口で株価を人為的に操作した結果であると認識し、仕手筋としての被告人Aの力量に信頼を高めていった。

二  住友不動産ファイナンスの株式会社サンダーアソシエイツに対する不良債権問題

1 住友不動産ファイナンスは、平成元年一〇月から証券担保金融業を営む株式会社サンダーアソシエイツ(以下「サンダー社」という。)に対し証券担保融資を始め、平成二年三月ころにはその貸出残高が約一三〇億円にまで拡大した。ところが、同年当初から株価全体が下落し始めたため、同年八月末にはサンダー社の倒産が必至となるとともに、差し入れられていた担保株の時価が貸出残高に約二〇億円以上も満たない担保割れの状況となり、住友不動産ファイナンスではこの不良債権問題を解決するには株価の値上がりを待つ以外に打つ手がない状態となった。

被告人Bと、同社の顧問で、親会社住友不動産株式会社の海外事業本部副本部長等を兼任していたDの両名は、住友不動産ファイナンスの経常利益の約一〇年分に相当する二〇億円もの貸倒れを出すことになれば、自社はもちろん、住友不動産株式会社との連結決算でも赤字となりかねないなど、親会社に寄与する模範的な子会社と評価されていたのが元も子もなくなり、その経営責任を追及される結果となること等から、これを極めて深刻な事態と受け止め、右不良債権問題の処理に苦慮していた。

2 そこで、被告人Bは、このような事態を打開するには、以前から資金提供を申し込まれており、仕手筋としての力量にも信頼していた被告人Aにサンダー社の債務の一部を担保割れのまま引き受けさせ、その見返りとして新規の融資をし、その新規融資分と担保株相当分の資金を株式に投資させて東京製綱株等の仕手戦の場合と同様に株の売り買いを交えて株価を高くつり上げ、提灯買いを誘い込むなどして株価を人為的に操作させて利益を出させ、これで債務の返済にあてさせるしか方法がないと考え、その旨被告人Aに依頼することを決意するに至った。

三  犯行状況等

1 被告人Bは、平成二年八月下旬ころ、被告人Aを住友不動産ファイナンスの事務所に招き、住友不動産ファイナンスの前記不良債権問題に関する窮状を説明し、その債務の一部である二〇億円を引き受けてもらいたい、その担保株は時価で四億円の評価損を出しているが、引き受けてくれればその見返りとして新規の融資二〇億円を加えた極度額合計四〇億円の証券担保融資の枠を設定する、債務引受分の担保株を処分し弁済してくれれば、実質上三六億円の資金の提供ができることになる、これを一部上場銘柄に投資すれば、被告人Aの実績からして、それくらいの損はすぐに取り戻せるだろう、担保割れ分以上にもうけを出せば、それは被告人A自身のものとなるなどという趣旨の提案をした。

被告人Aは、右提案の趣旨を、被告人Bが自己の仕手筋としての腕前を見込んで住友不動産ファイナンスの資金で仕手戦を手掛けさせ、大きくもうけて担保株の値下がりによる損を取り戻してほしいということと理解した。

2 被告人Aは、東京証券取引所第一部上場の日本ユニシス株について仕手戦を既に始めており、当時資金が枯渇し一時中断した状態であったこと等から、被告人Bの提案を受け入れれば実質上約三六億円の資金を使って仕手として腕が振るえることになり、好都合であると考え、右提案を受け入れることとした。

そこでその数日後、被告人Aは、右の提案を受け入れるとともに、新たに買い付けた株式を担保に入れるときには担保掛目を一〇〇パーセントにすること、毎月の金利は後払いにすること等の条件を被告人Bに提示したところ、被告人Bは、住友不動産ファイナンスでは証券担保融資の場合の担保掛目が一部上場の株式でも八〇パーセント以内と定められていたのに即座にこれを承諾した。

被告人Aは、その後、住友不動産ファイナンスの資金で日本ユニシス株の仕手戦を行うことにし、その旨被告人Bに伝え、その株価に関する見通しについて、現在は一八〇〇円前後であるが、二、三か月もあれば三〇〇〇円まで上げられる、そこを抜ければ五〇〇〇円には間違いなく行く、勢いを付けることができれば七〇〇〇円から一万円を付けても不思議ではない旨説明し、さらに、同株で仕手戦を行う資金が足りなくなった場合には相談に乗ってほしい旨依頼した。

これに対し、被告人Bは、被告人Aが既に日本ユニシス株の仕手戦を手掛けているのを承知していたので、この仕手戦を本格的に行う資金を調達する目的で右の債務引受を承諾したものと理解して対象銘柄を日本ユニシス株にすることを了承した上、被告人Aが日本ユニシス株の売り買いをして提灯買いを誘い株価を人為的に操作して利益を出すことを期待し「よろしくお願いします。」と頼み、仕手戦を行う資金についても住友不動産ファイナンスが最後まで責任を持つこととした。

ここにおいて被告人B及び被告人Aは、思惑が合致して意思を相通じ、被告人Aがサンダー社の債務を引き受け、その見返りに住友不動産ファイナンスが被告人Aに同額の融資枠を付加し、これらの資金で被告人Aが日本ユニシス株の売り買いをして提灯買いを誘い株価を人為的に操作して利益を出すこととし、平成二年九月一一日、住友不動産ファイナンス、帝新不動等の間で、帝新不動がサンダー社の債務二〇億円(担保株式時価合計約一六億三一四〇万円)を引き受ける免責的債務引受契約(以下「第一回債務引受」という。)及び見返りの新規融資分二〇億円との合計四〇億円を極度額とする金銭消費貸借契約が結ばれた。

3 被告人Aは、同月一二日から住友不動産ファイナンスの資金を使って日本ユニシス株を二〇〇〇円前後で買い付け始め、提灯買いを誘うために相場操縦の手法を用い腕を振るったが、功を奏せず、同年一〇月一日には株価が一八四〇円まで下落した。被告人Aは、仕手戦を本格的に展開するには住友不動産ファイナンスから更に二、三〇億円の融資を受けて浮動株を減らしながら株価を上昇させ、日本ユニシス株に人気を集めることが肝心であり、資金切れとなれば株価が下落し数億円以上の損害を被ると判断し、被告人Bにその追加融資を依頼したが、被告人Bから仕手筋としての手腕に疑問を抱かれ、即答を得られなかった。

4 そこで、被告人Aは、被告人Bの信頼を取り戻して追加融資を受けようと考え、同年一〇月九日、ホテルニューオータニ地下二階の料理店「ほり川」に被告人Bを招き、日本ユニシス株の低迷している理由等の説明に続いて、提灯買いを付けるための相場操縦の具体的な手口、例えば自分の左手で売った玉を右手で買い売買のボリュームを増やして値を引き上げるという仮装売買の手口をも説明し、株価も五〇〇〇円は間違いなく、そこを抜ければ七〇〇〇円から一万円まで行くなどと言って、追加融資を申し込んだ。

被告人Bは、被告人Aの相場操縦の具体的な手口を理解し納得するとともに、日本ユニシス株の株価の見通しも確認し得たので、被告人Aに右手口で株価を操作して利益を上げさせ、これを担保割れ状況となったサンダー社の残存債務の返済にあてさせようと考え、被告人Aに対し、担保株の評価額は前回より下回るが、再度サンダー社の債務二〇億円を引き受けてくれるならば、第一回債務引受時と同様に新規融資二〇億円を加えた極度額合計四〇億円の枠内で融資することができる旨提案した。

被告人Aは、被告人Bの右意図を了解した上、被告人Bから提案された条件を了承し、ここにおいて両者は、思惑が合致して意思を相通じ、第一回債務引受と同様に被告人Aがサンダー社の債務を引き受け、その見返りに住友不動産ファイナンスが被告人Aに同額の融資枠を付加し、これらの資金で被告人Aが日本ユニシス株につき相場操縦のあらゆる手口を用いて利益を出すこととし、同月一七日には第一回債務引受時と同様二〇億円(担保株式時価合計約一二億五一七万円)の債務引受契約(以下「第二回債務引受」という。)及び金銭消費貸借契約が結ばれた。

5 そして、被告人Bは、第一回及び第二回債務引受に伴う融資に加え、その後被告人Aから相場操縦行為の資金の提供を求められる都度、被告人Aが買い付けた日本ユニシス株を高値で売り抜けるなどして返済してもらわなければならず、その要求を断って被告人Aが資金不足に陥れば株価の維持も困難になり元も子もなくなるとの判断の下にその要求に次々と応じて融資を重ねていった。

こうして被告人Aは、これらの資金を得ることにより、被告人Bの依頼の趣旨に従い、証券会社の歩合外務員らとともに、判示のとおり、他人をして日本ユニシス株の売買取引が繁盛に行われていると誤解させる等右株式の売買取引の状況に関し他人に誤解を生じさせ、かつ、有価証券市場における右株式の売買取引を誘引する目的で、同年一一月二日から平成三年五月二四日までの間、右株式について、株式の売買取引が繁盛であると誤解させ、かつ、株式の相場を変動させるべき一連の売買取引(以下「変動操作」という。)及び仮装売買を行った(変動操作及び仮装売買を総称して、以下「相場操縦行為」という。)。

なお、同年五月二四日時点では住友不動産ファイナンス及びその関連会社から帝新不動、被告人A個人その他関連融資先に対する融資残高は合計四五四億一三〇〇万円にまで達しており、本件における買付け資金の大部分はこれら融資によるものであった。

第二  被告人Bの公判供述の信用性

被告人Bの公判供述(第一回公判調書中の供述部分を含む。)は、以下のとおり、右認定に反するものであるので、その信用性について検討する。

一  被告人Bの公判供述によると、第一回債務引受時の段階では、被告人Aが住友不動産ファイナンスの資金で株式投資をすることは知っていたが、相場操縦行為をするとまでは考えていなかった、サンダー社に対する不良債権を圧縮するために、株式投資についての知識・経験が豊富な被告人Aに債務を引き受けてもらえば、当時市況全体が反騰して自然な株価の上昇が期待し得る状況であったので十分に利益が上げられると考えた、あくまでも商業ベースで被告人Aに第一回債務引受等をしてもらったにすぎない、第二回債務引受以降になると、被告人Aのかぶった担保株の欠損分も大きいので被告人Aが何らかの相場操縦行為をするであろうという認識を抱くに至ったが、被告人Aに相場操縦行為を依頼するとか、被告人Aとぐるになって相場操縦行為をしたということはない、というのである。

しかし、関係各証拠によれば、第一回債務引受及びその見返り融資は、実質的には約三六億円を融資するだけのものであるのに、住友不動産ファイナンスは、二、三か月後には形式上の元本である四〇億円とこれに対するその間の金利(年利10.5パーセント)を被告人Aから受け取ることを予定していたのであるから、被告人Aは、株式売買手数料、事務所経費等をも考えると、短期間に巨額の利益を上げなければならないこと、加えて、被告人Aにおいて住友不動産ファイナンスの資金を使って特定の単一銘柄である日本ユニシス株に投資し、しかも、右株式を担保に供する場合の掛目を一〇〇パーセントとすることを被告人Bが認めるということは、複数の株に投資することによる危険の分散や担保の安全率を全く考慮しない、すなわち債権の回収が危うくなる事態を想定しない異例な措置であって、住友不動産ファイナンスにおける通常の証券担保融資事例の場合とは全く異なっていること、しかも、当時の株式市況は不透明であって、自然な反騰を確実なものとして期待し得る状況になかったことは、証券担保融資ないし株式取引等に幾分でも関与している者であれば十分認識し得たことが認められる。このような事実からすると、被告人Bは被告人Aをして株価を人為的に操作させて短期間に巨額の利益を確実に上げさせることを前提にしていたと考えるのがむしろ自然である。

また、前記第一の認定事実に沿い、第一回債務引受以後被告人Aに相場操縦行為をさせるため融資したことを認める被告人Bの検察官に対する各供述調書は、被告人Aが仕手筋として東京製綱株の株価を人為的に操作して高騰させるのを認識した経緯、住友不動産ファイナンスがサンダー社の不良債権問題を抱え込み、被告人Bがこの問題の解決を迫られていた状況、債務引受先として仕手筋の被告人Aを選択した経緯等を踏まえ、本件犯行を依頼した状況等について関係資料を参照しながら詳細かつ具体的に供述しているものであり、第一回以後の債務引受等の内容に照らしても、不自然不合理な点は全くうかがわれない。そして、被告人Bの検察官に対する各供述調書は、被告人Bから仕手相場を張って利益を上げるよう求められて住友不動産ファイナンスの融資を受け、本件相場操縦行為をしたことを終始認めて争わない被告人Aの検察官に対する各供述調書及び公判供述や、住友不動産ファイナンスの営業本部長であって、サンダー社の不良債権問題を解決するため被告人Aに債務引受等に伴う融資をして日本ユニシス株の仕手相場を張らせ、担保割れ等を解消しようとしたことを認める山下登巧らの検察官に対する各供述調書ともよく一致している。このような事情からすると、被告人Bの検察官に対する各供述調書は十分信用することができるといわなければならない。

そうであるならば、被告人Bの前記公判供述は到底信用することができない。

二  また、被告人Bの公判供述によると、料理店「ほり川」で第二回債務引受に関する交渉をした際にも被告人Aから相場操縦行為の手口に関する具体的な説明はなく、被告人Aが仮装売買をすることは知らなかった、料理店「ほり川」での会話について検察官に対して記憶がないと説明しても取り合ってもらえなかったためいずれ説明する機会もあるだろうと思って、不本意ながら被告人Aの供述に合わせることにし調書に署名した、というのである。

しかし、被告人A(乙12)及び被告人B(乙47)の検察官に対する各供述調書は、被告人Aが料理店「ほり川」で被告人Bに対し追加融資を決断させるため日本ユニシス株の相場操縦行為の具体的な手口を説明したという内容についてほぼ一致しているところ、被告人Aの右供述調書では更に料理店「ほり川」で会食の場を設けるに至った経緯・理由を詳細に説明しており、その説明するところの経緯・理由は十分理解し得、そのような経緯・理由から被告人Bに追加融資を決断させるために仮装売買を含む相場操縦行為の具体的な手口についての説明をしたということは極めて自然であるから、右供述調書は十分信用することができ、しかも、被告人Bの右供述調書にも格別不自然不合理な点はうかがわれないから、被告人Bの右供述調書は十分信用することができるというべきである。

そうであるならば、被告人Bの前記公判供述も到底信用することができない。

第三  判断

前記のような事実関係等からすると、住友不動産ファイナンスの代表取締役であった被告人Bは、サンダー社の不良債権問題を抱え経営責任を免れ得ないなどの事態となり、これを打開するには仕手筋としての力量に信頼していた被告人Aに住友不動産ファイナンスの資金で特定株式について判示の目的で相場の操縦をさせて利益を出させ、これによりまず優先的にサンダー社の担保割れ分の損害を補てんさせようと考えてその旨依頼し、被告人Aに日本ユニシス株に関し相場操縦行為をするに不可欠である資金を提供し続けたものであり、また、被告人Aにおいても被告人Bの依頼を了承し、右資金の提供を受けられたため自己及び住友不動産ファイナンス、ひいては被告人Bの利益のために証券会社の歩合外務員らとともに判示の目的で本件相場操縦行為をしたものである(なお、本件相場操縦行為のうち仮装売買についても、被告人Aは、本件の開始前である第二回債務引受時ころには被告人Bに説明し、その了解を得て行っている。)といい得るから、被告人Bは、単なる幇助犯ではなく、被告人Aらと共謀の上判示の目的で本件相場操縦行為をした正犯であると認めるのが相当である。

被告人Bの弁護人は、被告人Aは、自己の判断でかつその計算において単独で日本ユニシス株の売買取引を行ったものであり、被告人Bを含む住友不動産ファイナンスの関係者が右売買取引に口出しするなどして関与したことは全くないから、被告人Bに対し被告人Aのした本件相場操縦行為について共同正犯の責任を問うことはできない旨主張する。

しかしながら、関係各証拠によれば、日本ユニシス株の本件各売買取引は、被告人Aが自己の計算のみからした単独行為であるといい得ないことは明らかであり、確かに、被告人Aは、日本ユニシス株の個々の売買取引については自己の判断で行い、個別に住友不動産ファイナンスの関係者の指示を受けるなどしてはいないが、それは、相場操縦行為に関する特段の知識・経験もない被告人Bを含む住友不動産ファイナンスの関係者が仕手筋として実績のある被告人Aの手腕に信頼し、相場操縦行為を効果的に行わせるため個々の売買取引を任せていたことによるものであると認められ、被告人Bについて被告人Aとの共同正犯の成立を否定する根拠となるものではない。

以上の次第であって、被告人Bの弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為のうち、変動操作の点は包括して刑法六〇条、平成四年法律第七三号附則一七条により同法による改正前の証券取引法一九七条二号、一二五条二項一号に、仮装売買の点は包括して刑法六〇条、右附則一七条により右改正前の証券取引法一九七条二号、一二五条一項一号にそれぞれ該当するが、右の変動操作は一部において仮装売買と一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い変動操作の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人Aを懲役二年六月に、被告人Bを懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から、被告人Aに対し四年間、被告人Bに対し三年間、それぞれその刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一1  本件は、判示のとおり、被告人両名が他の者と共謀の上、東京証券取引所の有価証券市場に上場された日本ユニシス株につき高値形成を図り、同市場において変動操作及び仮装売買を行って相場操縦行為をした、という事案である。

2  証券取引法により証券市場における相場操縦行為が規制の対象とされるのは、証券取引に関する不公正な行為が行われ、証券市場における価格形成が実勢を反映しない作為的なものになると、他の投資家が作為的につり上げられた価格を実勢価格と誤解し、不測の損害を受けるのみならず、投資家一般の証券市場に対する信頼が損なわれることになって、証券市場が有価証券を通じて資金を調達し、運用する市場として国民経済の適切な運営に役立たなくなるという点にあるが、被告人両名は、このような事情を十分理解しているはずであるのに、あえて証券取引法違反の本件相場操縦行為に及んだものであり、この点において強く責められるところがある。

3  そして、本件は、平成二年一一月二日から平成三年五月二四日までの間に約一八七六万株を買い付ける一方、約七九九万株を売り付ける一連の売買取引を行うとともに、そのうち約四二六万株については仮装売買を反復し、株価を二二三〇円前後から最高三七〇〇円まで高騰させたものであり、犯行の期間・対象とされた株数等、いずれも大規模であって、証券取引の公正かつ自由な市場の形成を大きく阻害し、多数の一般投資家に判断を誤らせて日本ユニシス株に投資させ多額の損害を与えており、国民一般の証券市場、さらには経済及び社会全体に対する信頼をも大きく損なったことは十分推察することができる。

4(一)  被告人Aは、被告人Bから住友不動産ファイナンスの資金をもって相場操縦行為をし住友不動産ファイナンスの損害の回復を図ることを依頼され、このことを一つの契機として本件犯行に及んだものであるが、既に本件以前に日本ユニシス株の相場操縦行為を試み、その際買い付けた多量の株が値下がりして処分し得ない状況となっていたことから、日本ユニシス株を高騰させて右株を高値で処分し利益を得ること及び住友不動産ファイナンスの資金を利用して更に巨額の利益を得ることをもくろみ、被告人Bの依頼を何らためらうことなく引き受け、積極的に行っているのであって、被告人Aの本件に至る経緯、本件の動機に酌量の余地がない。

(二)  被告人Aは、長年にわたり仕手相場を手掛けてきたことによって得た株式投資に関する知識・経験を元に分散発注・仮装売買・寄付関与・終値関与等多数の手法を巧みに組み合わせて用い、資金が不足すると被告人Bらに相次いで追加融資を求めて総額四五〇億円を超えるばく大な資金を得て本件相場操縦行為を展開したものであり、その間提灯買いを誘うため本来適正な情報を伝えるべきである株式情報紙の記者に日本ユニシス株を推奨する記事まで書かせており、その犯行態様は大胆にして巧妙かつ周到であり、悪質である。

(三)  さらに、被告人Aは、同種の相場操縦行為を反復する中で、本件犯行に及んでおり、その常習者ともいうべきであって、この種事犯に対する規範意識に極めて欠けていることは明らかである。

5(一)  また、被告人Bは、住友不動産ファイナンスの代表取締役であったのに、融資先であるサンダー社に対する多額の不良債権の貸倒れの危機に直面し、経営責任を追及されるなどの事態を避けるため仕手筋としての力量に信頼していた被告人Aを利用して相場操縦行為により利益を上げさせて右危機を乗り切ろうという安易な考えを抱き、被告人Aにその旨依頼し、次々に追加融資を行って大規模な本件相場操縦行為を可能にさせたものであって、被告人Bの役割は極めて大きく、その行動はノンバンクとはいえ住友不動産系の金融機関としての社会的責任や経済及び社会に与える影響を自覚しない、自己中心的で短絡的なものとして強く責められるべきものがある。

(二)  加えて、被告人Bは、本件犯行の過程においてこれに便乗し、個人的に日本ユニシス株の売買取引を行って多額の利益を得ている。

以上のような事情に徴すると、本件の犯情は芳しくなく、被告人両名の刑事責任を軽くみることはできない。

(なお、被告人両名の弁護人は、今日の有価証券市場においては本件以外にも相場操縦行為ないしそれに類似する行為がしばしば大々的に行われており、本件は、それらと比較してそれほど重大な事犯とはいい得ない旨主張するが、そのようなことがあるとしても、そのことが被告人両名の刑事責任に格別影響を与えるものではない。)

二  しかしながら、

1  被告人Aは、一度は日本ユニシス株の株価を高騰させることに成功したが、日本ユニシスの大株主である米国ユニシス社及び三井物産がそれぞれ持株の一部を放出する旨発表したこと等から株価が下落し、結果として利益を得られなかったこと、

2  被告人Bにおいては、サンダー社の不良債権問題による自己の経営責任を回避するためばかりではなく、住友不動産ファイナンスのために右問題を解決しようとした面があり、また、住友不動産ファイナンスの内部にあって主導的な役割を果たしているにしても、最終決裁権者の意向を反映して右問題の解決に当たり、本件に及んだ面もあること、

3  被告人両名は、本件が大きくマスコミに取り上げられるなど、いずれも厳しい社会的制裁を受け、特に被告人Bは、住友不動産ファイナンスを退職せざるを得なくなったこと、被告人Aは、捜査及び公判の各段階を通じておおむね素直に本件犯行を認め、特に当公判廷においては関係者に迷惑を掛けて申し訳ない、今後二度と相場操縦行為には手を出さない旨供述して反省の情を示しており、また、被告人Bも、当公判廷においては捜査段階での供述を後退させ、いささか不自然な供述をするに至ってはいるが、基本的には自己の安易な考えから本件犯行に及んだことに思いを致して反省していること

等、被告人両名にとってしん酌することができる事情も認められる。

以上の諸事情のほか、被告人両名の一般的情状をも総合勘案し、被告人両名に主文掲記の量刑をするのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑/被告人A・懲役二年六月、被告人B・懲役二年)

(裁判長裁判官阿部文洋 裁判官本多俊雄 裁判官吉崎佳弥)

別表<省略>

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